濱口竜介監督作品を見るたび、この78年生まれの監督さんは、きめ細やかな脚本、考え尽くされた撮影、フィクションとドキュメンタリーが交錯する観客の度肝を抜く演出的仕掛け、とにかく本当に頭が良く、映画的知性のかたまりみたいな人なんだろうなあと心の底から深く感嘆する、と同時に、ほんとに「馬鹿な男」なんだろうなあと呆れてしまう。
男が三人集まればとりあえずダッシュ! 女を見ればとりあえずキス! フィアンセや妊娠中の妻がいるのに他の女に手を出してしまう、馬鹿である。そして、そんなやんちゃを繰り返しても、いつか女は許してくれると思っている。馬鹿である。
『PASSION』(08年)のラスト、紆余曲折のあった若い男女が迎える長いワンシーンを初めて見たとき、思わず「ねーよ!」と声に出して突っ込みそうになってしまった。こんな女がいるならば私も付き合いたいものである。
と思ったら、次作『永遠に君を愛す』(09年)では、結婚式当日に妻に浮気を告白された夫がそれでもいいと式を敢行する。見ようによっては愛する女に一途な優しい男のようだが、単に情けないだけと言えなくもない。って言うか多分そう。
しかし、『何食わぬ顔』(03年)や『親密さ』(12年)では、映画の登場人物と役者その本人、映画と映画内映画(及び演劇)の境界を曖昧にしてみせ、それが素なのか芝居なのかわからない混沌は果たして、前述したフィクション作品の、濱口監督の本音なのか器用過ぎる演出なのか、どこまでも仕掛けられた映画の罠にはめられたようで、馬鹿な男の手中にハマる、観客はもっと馬鹿な女のような、複雑な気持ちになってしまうのだ。
意味があるのかないのかわからない男のつぶやきに、もう始発だという時間まで付き合わされ、うんざりしてしまうものの、朝焼けの都会の空気が美し過ぎて、思い出すたび何度も再会したくなる。