濱口竜介プロスペクティヴ in Kansai 2013.6/29[sat]-7/19[fri]

CONTRIBUTION 寄稿

「描写それ自体のサスペンス」 山根貞男(映画評論家)

濱口竜介の映画では、何人かの若い男女がーーときには少年少女や中年男がーー恋愛感情のゆらめきを微細にくりひろげる。たいていの場合、愛し合っている二人の心のズレと、複数の男女関係のもつれや交錯が、入り組んだ形で同時的に起こり、すんなりと幸せなラブロマンスが描かれることはない。むろん、だからこそ映画なわけで、その意味では、真っ当な恋愛映画といえるのだが、一点、ひねりが加わることで特異さを発揮する。

関係の劇が屈曲の果てに泡立ったとき、ふっと小さく、しかし明確に、彼ないし彼女の心の残酷さが描き出されるのである。これは怖い。うっかりすると見過ごすくらい、さりげなく、ごく自然なふうを装っているから、いっそう怖い。酷薄なリアリストとしての目がそうさせるのにちがいないが、真っ当な恋愛映画がその瞬間、ハードボイルドな心理サスペンスの相貌を呈する。
一般的に劇映画においては言葉が「劇」を担うが、濱口竜介の作品では、そのあり方が過剰なほどで、そこからこそ心理サスペンスが発生する。とにかく、台詞の多さが尋常ではない。登場人物はじつによく話して、恋愛感情をゆらめかせるのだが、単に話すだけに留まらず、語ることに加え、しょっちゅう声を出して手紙や文章を読む。言葉が、という以上に、言葉と一体化した声が、サスペンスの肉体を担うのである。

なぜそうなるかは単純明快で、話す、語る、読む、登場人物の姿がーーその声を聴く者の反応も含めてーー豊かに描かれることによる。ショットの長さ、キャメラの位置と角度、それらの転変の絶妙さが、豊かさを生むわけで、作品において起こっていることは、描写それ自体のサスペンスと呼ぶにふさわしい。

濱口竜介は、いま、以上のような特質をそっくり踏まえつつ、さらにその先へ歩み進んでいる。酒井耕との共同監督によるドキュメンタリー映画がそれで、縦横無尽さに感嘆せずにいられない。

  • 濱口竜介
  • 寄稿1:山根 貞男 -Yamane Sadao-
  • 寄稿2:中山 英之 -Nakayama Hideyuki-
  • 寄稿3:渥美 喜子 -Atsumi Yoshiko-